スリランカコーヒーの歴史
Historical perspective
Introduced in 1503 by Arabs
1658 Dutch started cultivations
During British colonial period this crop developed as a commercial crop in 1865 100,000ha/Exports 50,000mt End of 19th centuy? coffee rust.

世界文化遺産の宝庫、魅惑的、謎解きのジュエリーの島Sri Lanka スリランカとは輝く島のこと。
 スリランカは、小さい島国でありながら、数多くの世界文化遺産が多く残されています。そこにはセイロン紅茶と有名ですが、その以前はコーヒーが一大産業として、栄えた歴史があることには、多くの人が気付いていません。

もともとスリランカはセイロンと言って、コーヒーとは古くから縁があった。1503年スリランカには、アラビア人により世界でもっとも早く伝わった。
 そして一大産業貿易品として栄えた歴史を持つ。1865年には、5万トン以上の貿易をしていた。ちなみに現在消費国として世界第3位の日本の輸入量は、40万t強である。いかに多かったかが分かる。それがある時期にたちまちなくなり、お茶農園に変わった。このことは一般には知られていないコーヒーの歴史である。
 コーヒーがさび病気にかかり、コーヒーが無くなったから紅茶に変わったというのが歴史の通説であるが、それが実際の理由か、他にコーヒー農園を紅茶農園に切りかえる意図されたことはなかったのか?というのも若干ミステリアスでもある。

●スリランカコーヒー歴史にある通説
 
1)1658年世界で最も早くコーヒー栽培がオランダ人により始まり、オランダ東インド会社の貿易品となったという説。
 2)1868年コーヒーがさび病にかかり、紅茶に変わったという説。

過去の歴史に消えた「スリランカ幻の(アラビカ)コーヒー」の復活を目指し、アラビカ種栽培を始めたコーヒー農家とJICAフェアトレードプロジェクトが始まることとなったのです。

「コットマレー地域の小農民によるアラビカフェアトレードコーヒー栽培のコミュニティ開発」という名称のプロジェクトが進行中です。カウンターパートナーは、スリランカ農業省輸出局と日本フェアトレード委員会、スリランカJICA、日本国内九州事務所と契約し、2007年9月にスタートしました。
(写真は2007年10月4日:MOU調印式の様子です)
スリランカの古都、仏の歯のあるお寺で有名なキャンディーのホテルチランカの部屋には「モンキーが部屋に入ってくるので、必ず窓を閉めてください」との厳重な注意書きが。窓を覗くと確かに、お猿さんがベランダの柵を歩いていました。すかさず写真におさめました。スリランカでは象もよく見かけ、道の途中では病気になった象が点滴を受けている様子にも出会いました。
コットマレー高度1,000mを超える熱帯雨林と適度な雨、温度の高低差、肥沃な土地。しかも他の熱帯植物や樹木と一緒に繁殖し、理想的な自然の中に存在する、いわゆる天然のシェイドグロウンのコーヒーの樹々です。写真は、「幻のスリランカコーヒー」となるアラビカ種コーヒー。これから実が赤く色づき始めます。
奥に牛が見えますが、分かりますか?
あなたも一緒に
スリランカ・フェアトレードを勉強してみませんか?

日本フェアトレード委員会では、幻のコーヒーを訪ねての「フェアトレードツアー」を行っています。参加ご希望の方は、メールにて、お気軽にお問い合わせください。

スリランカは、九州より、少し大きく、北海道より小さい島国です。人口はそれでも2000万人ぐらい。国民性はとても優しい人々という印象を受けます。シンハラ語が民族の主な言語ですが、もちろん英語を話す人も多くいます。
 スリランカはマスク(お面)をつけて踊るのも特徴です。地方に行くと、どんな地域の集落にもその地域の文化があります。踊りや歌、楽器を演奏したりと各種様々。
幻のコーヒーを訪ねているとき、いろんな場所に行きました。そしてスリランカの風景や人情、また文化に触れることができました。

コーヒーは植物学アカネ科アラビカ種とロブスタ種がある。
熱帯や亜熱帯 北緯、南緯25度以内で生育する植物。適度な雨、肥えた土壌、山間部の傾斜地、気温の高低差、ただし、熱帯の高地でも霜が降るような場所では育たない。良質の豆アラビカ種は高地栽培900m以上の高山で栽培されるために、高地に行った。

スリランカのコットマレの農民との交流。彼らは、コーヒーは知っていても、日本でどのようにコーヒーが飲まれているか知りません。フィルターでろ過して飲むことはしません。コーヒーの粉にお湯を注ぎ、粉が沈殿するのを待ちます。それからコーヒーは飲まれます。スリランカでは、家の庭先にもコーヒーが見られ、家庭の胃の病気や止血のときの医薬品的生活品としても使われる習慣となっています。

2006年5月 日本からコーヒーを持っていきました。日本の淹れ方でコーヒー生産者の村人に飲んでもらいました。村人は初めて飲むコーヒーでした。
2007年10月JICAフェアトレードプロジェクトが、開始し、初めてプロジェクトの対象地域のコーヒー生産者を訪問しました。交流会の会場は村の集会場です。子どもたちの学校ものぞくことができました。子どもたちはどこの国でもあどけなく、可愛いですね。
村人の生活は、1世帯当たり年間収入は2万ルピー(約2万円)ぐらいです。農業が村人の生活を支える手段です。現在の紅茶やスパイスは安くしか売れない。その収入だけでは生活が大変だと村人たちは、訴えます。フェアトレードは、村びとの作った農産物を、適正な価格、村人が安心して生活できるような価格で購入します。そのためにも良いコーヒー豆を作ろうと必死です。

どんな豆を収穫したらいいか、豆の乾燥は?この豆は日本人にOK! などいろんなことを聞いてきました。  
収穫はこんな赤い実でいいのか?もっと熟したがいいか?この村の人たちの豆はサンプルだが、日本に輸出できるには、乾燥をよくしなければならない。


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